サッカー北朝鮮戦、見ました? 私はもともとあんまりスポーツに興味無い方なのと、テレビのスポーツでも応援しながら見ていると、その応援している方が負ける事が多いのであんまり見ません。(^^; それで、と言う事ではありませんが、水曜日のレディースデーで安い事もあり、サッカーで空いているかな・・・と映画館に行ってきました。
見始めて最初は「来たのは間違いだったか(-_-;」とは思いましたが、おとぎ話だとわかっていたから腹はたちませんでした。きっと何の知識もなく、普通の映画だと思っていたら怒っていたかもわかりません。 で、好きでもないけれど、見方を変えたら面白くも思えてきたのです。見終わった今の方が「あれはこうなの? わざと?」とか考えているんですよね。考えれば考えるだけ味が出てくる・・・深い・・・やっぱり鈴木清順ってすごい人なのかも。
*** これより ネタばれ 思い違い 勘違い 有り 要注意 ***
一番思ったのは、「映画じゃなく舞台だ」と言う事。二次元と三次元(考え方によっては四次元)の組み合わせを映像でやってしまう面白さ。舞台だったら書かれた背景は二次元、前の物は三次元で人は四次元の世界だったりする。それを映画でいけシャーシャーとやってしまう。で、またそれが美しかったりするんだなぁ。(特にあやめの背景での二人のシーン。)普通、今の映画で二次元は使わないでしょう?
それと歌舞伎のような様式美も舞台ね。見得を切るわけでは無いが、ポーズが。こんな間は映像ではやっぱり普通使わないような気がする。これは狸御殿のお萩の局、がらさ城の安土桃山とびるぜん婆々が出てくる所に多かった。
主役二人の演技の方向が同じじゃないのもわざと? チャン・ツィイー(狸姫)の演技が横向きのシリアス系だとすると、オダギリジョー(雨千代)の演技は斜め(シリアスでもお笑いでもない・・・ようわからん系(^^;)向き。ベクトルじゃないんだから、同じ所から出発して違う方向目指すなんて変よ。普通は出発する所は違っても、目指すのは同じ方向ではないの?(結果、終点が同じになるかは別にして。)
二人が亡くなった後の葬儀(?)みたいな場面で姫の着物を吊してあったのが、泣くような直接的な演出より悲しく感じさせた。あの着物は野辺送りの象徴?それとも姫の魂が御殿に戻ってこられるように?
雨千代が極楽蛙を求めて快羅須山に行った時に、極寒になったり灼熱になったりする所(同じ場所)をぐるぐる廻るのって、何かを象徴しているのでしょうか? 狸に化かされるのにそんな話が有ったような気がして、隠された意味があるような気がして、気になる。
考えれば考えるほど、深みにはまる清順作品・・・今日はここまで
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